太宰府市の原八坊「原山無量寺」の跡 !

2013/05/03(金)晴
太宰府市連歌屋と三条の山中は原山無量寺という中世の寺院があったそうです。


大半は宅地開発により消滅してしまいましたが
一部は発掘調査が行われて状況が一部判明しているそうです。



原山無量寺はお寺伝によると天台宗の円珍が唐に渡る前に普賢菩薩を作り
天安2年「858年」に八人の弟子たちがここに寺を創建したとされています。


八坊とは、華台「けたい」坊・六度「ろくど」寺
安祥「あんしょう」寺十境「じっきょう」坊・真寂「しんじゃく)」坊
宝寿「ほうじゅ」坊・寂門「じゃくもん」坊明星「みょうじょう」坊
(明星坊は途中で廃絶して慶長年間に常修「じょうしゅう」坊が加わります。)



本堂や中堂の他多くのお堂が建ち並んでいたようです。



建武3年「1336年」に戦いに敗れて九州まで落ち延びてきた足利尊氏が
多々良浜で菊池勢を破ってこの原山の一坊に入ったこともあり
一時期は南朝方の懐良親王の征西府が置かれたこともあったと伝えられています。


天正14年(1587年)の岩屋城の戦いにより全て灰燼に帰し
江戸時代に原八坊の僧侶たちは安楽寺「現在の太宰府天満宮」に奉仕する社僧になりました。
 


このように古くからの歴史を持つ原八坊ですが
発掘調査では古代「9~10世紀」の竪穴式石室の墳墓などのほか
13~14世紀の坊跡と考えられる掘立柱建物や石垣・道路状遺構が出土しています。



原山無量寺の古図

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原八坊「原山無量寺跡付近の地図




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この記事へのコメント

2013年05月03日 10:28
太宰府天満宮、懐かしいひびきです^^
原山無量寺の古図にも、
天満宮の社僧になったお坊さんたちの話も
歴史を感じますね!
カメ吉
2013年05月05日 10:46
明美歌さん
太宰府には歴史がいっぱいです。
最近特に歴史が面白くなってる私です。

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