かえる寺  鳥栖市の如意輪寺

如意輪寺(かえる寺)について 如意輪寺は「かえる寺」という別名でも有名で、 住職が中国から翡翠でできたかえるを持ち帰ってきたのをきっかけに、 このお寺には現在5,000ものかえるが並んでいます。 かえるは腰が低く常に前へと飛び跳ね目的を達成するといわれており、 古くより中国では仙人の使いとされていました。 2・カエル寺(1).jpg1・かえる寺(1).jpg5・カエル寺(1).jpg7・カエル寺(1).jpg8・カエル寺(1).jpg3・カエル寺(1).jpg
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黒田長政ゆかりの「福岡市の東長寺」!

2015/03/17(火)晴 福岡市の東長寺は地下鉄祇園駅の1番出口を出た所にあります。 正式には南岳山東長寺といい、大同元年(806年)に弘法大師が唐での御修行の後 帰国され博多に滞在されたところです。 寺を建立し密教が東に長く伝わるように祈願されて「東長密寺」と名付けられました。 真言宗の弘法大師創建の寺としては日本で一番古い霊場です。 本堂前にある六角堂は天保13年(1842)に豊後屋栄蔵が 名古屋以西の商人より財を募って建立寄進したもので 弘法大師像ほか6体の仏像が置かれています。 当初は櫛田神社横の神護寺に建立・寄進されましたが 明治の廃仏毀釈の際に東長寺境内に移築されました。 普通は扉が閉まっていますが毎月28日には六角堂が開帳されます。 福岡市の東長寺
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福岡市の東長寺
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福岡市の東長寺
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福岡市の東長寺
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糸島の高祖神社!

2014/09/16(晴) 糸島の高祖神社は神功皇后を相殿にお祀りしたと伝えています。 当神社は古代から怡土郡の惣社「中世には怡土庄一の宮」と崇敬される神社で 三代実録には、いまから千百五年前の元慶元年九月二十と記されている。 この高祖神社は相殿に玉依姫命、息長足比売命をお祀りしてあるります。 また境内神社として伊弉諾神社・思兼神社・農業、特に畜産農家の 信仰厚い徳満神社の三社があります。 糸島の高祖神社
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糸島の高祖神社
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糸島の高祖神社
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太宰府市の竃門神社!

2014/06/22(日)雨 太宰府市の竈門神社は宝満山の麓に祀られた神社で 宝満山の登山口にもなっています。 この神社は大宰府政庁を構築する際の鬼門よけとして造営されたのがはじまりで 宝満山の山頂に上宮・山麓に下宮が鎮座しており 祭神は神武天皇の生母である玉依姫命・神功皇后・応神天皇です。 別称宝満宮とも言い県内に広く存在する宝満信仰の中心であり 地元では「宝満さま」として親しまれています。 平安時代には唐に留学する最澄や円仁が渡航の安全を祈り 空海(弘法大師)も宝満山に登り修行をされたようです。 竈門神社は春のお花見や秋の紅葉はもちろん 宝満山の登山者で一年中にぎわいます。 また縁結びの神様として親しまれています。 太宰府市の竃門神社
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太宰府市の竃門神社
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太宰府市の竃門神社
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太宰府市の竃門神社
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太宰府市の竃門神社
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太宰府市の竃門神社
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太宰府市の竃門神社
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太宰府市の竃門神社
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糸島市の細石神社!

2014/02/03(月)曇 糸島市三雲の細石神社「さざれいしじんじゃ」は 古くは佐々禮石神社と表記されていました。 また」「漢委奴國王」の金印が宝物として伝わっていたが 江戸時代に外部に流出したとの伝承があるそうです。 御祭神:磐長姫、木花開耶姫 由緒 旧名を佐々禮石神社といい、伊都国の中心部で 祭神は磐長姫と妹の木花開耶姫(日向第一代ニニギノミコトの妃)の二柱。 元禄8年「1695年」の「細石神社御縁起」では 天正15年(1587)豊臣秀吉により神田没収とある。 これ以前については判明していないようです。 糸島市の細石神社
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糸島市の細石神社
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糸島市の細石神社
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糸島市の細石神社
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糸島市の細石神社
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太宰府市の観世音寺!

2014/01/28(火)曇時々晴/ 太宰府市にある観世音寺のようすです。 661年に女帝斉明天皇は百済救援のため滞在していた 朝倉橘広庭宮で突然崩御します。 中大兄皇子は 母の供養ため大野山の麓に観世音寺を創建しました。 その2年後白村江の戦いに破れ、防衛のため那の津の「官家」を移設しましたが 移設の先がこの観世音寺に西側に隣接する土地でした。 奈良時代には唐の高僧の鑑真が来日しこの観世音寺で初の授戒を行い 十数年後戒壇院が建立されます。 現在の観世音寺には鐘楼に国宝の梵鐘があり多数の重要文化財指定の 観音像や菩薩像・阿弥陀如来像などが安置されています。 太宰府市の観世音寺
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太宰府市の観世音寺
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太宰府市の観世音寺
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太宰府市の観世音寺
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太宰府市の観世音寺
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太宰府市の観世音寺
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糸島市三雲の東観音堂!

2014/01/26(日)曇 糸島市の築山古墳は福岡県糸島市三雲にある古墳です。 現在墳丘上には十一面観音を祀る堂が建立されています。 三雲の東観音堂
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三雲の東観音堂
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三雲の東観音堂
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博多の十日恵比須神社の正月大祭のようすです!

2014/01/20(月)晴のち雨/ 先日行われた今年の十日恵比須神社の正月大祭のようすです。 七福神の中のえびす様・商売繁盛の神として崇拝を集めている 十日恵比須神社で行われる博多商人の祭りです。 1月8日の初えびすに始まり9日の宵えびす・10日の本えびす 11日の残りえびすの4日間行われます。 400軒ほどの露店が出て境内では空くじなしの福引が売られており 福笹とともに福寄せ「くま手」や福起こし「ダルマ」や福俵などの縁起物などが当たります。 1月9日には博多券番が参拝するかち詣りが行われ 一目見ようと多くの人出で賑わいます。 博多の十日恵比須神社の正月大祭のようす
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博多の十日恵比須神社の正月大祭のようす
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博多券番が参拝するかち詣りのようす
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福津市宮司の薬師神社のようす!

2014/01/06(月)晴 福津市の宮地嶽神社奥の宮八社の八番社で あらゆる病難から救う神様です。 修験者が宮地嶽の山中にて修行を行う際に病気や怪我が無いようにと お薬師さまをおまつりしたのが始まりとされています。 薬師如来として仏教では多く見られるのですが 薬師神社は数も少なくこの神社は病に苦しむ人々の信仰が強い神社です。 病気平癒祈願の依頼書をご神前にお供えになられたり、 お札や和漢薬草等求められる方も沢山参拝されます。 福津市宮司の薬師神社
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福津市宮司の薬師神社
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福津市勝浦の縫殿宮!

2013/12/18(水)雨 福津市勝浦の縫殿宮は古墳の上に祀られています。 元禄10年「1697」奴山の農民が掘り出した梵鐘があります。 現在の行橋市周辺で活動した今井鋳物師の作で永享12年「1440年」に 宗像大宮司氏俊と藤原道珍が奴山の縫殿宮に奉納したことがわかる銘文があります。 勝浦の縫殿宮
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勝浦の縫殿宮
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勝浦の縫殿宮
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勝浦の縫殿宮
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勝浦の縫殿宮
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勝浦の縫殿宮
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福津市宮司の万地蔵尊!

2013/12/09(月)曇 福津市宮司の万地蔵尊子供達の守り神は子供達の守り神で 丸いお顔は子供の様に無邪気でにこやかです。 特に宮地嶽のお地蔵様は万地蔵さまと呼ばれ 子供の願い事は何でも聞くそうです。 福津市宮司の万地蔵尊
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福津市宮司の万地蔵尊
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三養基郡基山町の大興善寺!

2013/11/26(火)晴 佐賀県の大興善寺は奈良時代の養老元年「717年」に 行基菩薩が十一面観音菩薩を安置されたことが始まりです。 大興善寺のご本尊は行基の作と伝えられる十一面観音立像で 12年に一度の午年にのみ御開帳されます。 この大興善寺は火災除や厄除、交通安全、家内安全など 諸願成就の寺として著名なようです。 大興善寺は九州三十三観音霊場4番札所として 九州四十九院薬師霊場第49番札所になっています。 つつじ寺として有名な大興善寺ですが 秋の紅葉も見逃せないお寺となっています。 鳥栖市の大興善寺
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鳥栖市の大興善寺
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鳥栖市の大興善寺
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鳥栖市の大興善寺
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鳥栖市の大興善寺
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鳥栖市の大興善寺
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糸島市高来寺の老松神社!

2013/11/13(水)晴 糸島方面へ古墳探しに行ったときに 怡土城跡付近にこの神社がありました。 調べてみると菅原道真公をお祀りする神社で 老松天神社といわれていました。 こんな所にも菅原道真公がお祭りされているとは? 道真公偉大なり… 高来寺の老松神社
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高来寺の老松神社
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高来寺の老松神社
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高来寺の老松神社
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福岡県嘉麻市の稲築八幡宮!

2013/10/14(月)晴 神功皇后が応神天皇とともに朝鮮から、大分・穂波・飯塚を通り田川から 都へお帰りになる途中漆生にお立ち寄りになりました。 村人たちは大急ぎでお迎えの用意をしましたが座布団が間に合わず ちょうど取り入れたばかりの稲を築き上げその上に座っていただきました。 その時に座られた稲一束を山の頂上に穴を掘り 埋めたという言い伝えがあります。 それからはその山を稲築山と呼び稲築と号した社殿が建立されました。 この社殿が稲築八幡宮のおこりであり 稲築(いなつき)の名のおこりといわれています。 嘉麻市の稲築八幡宮
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嘉麻市の稲築八幡宮
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嘉麻市の稲築八幡宮
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嘉麻市の稲築八幡宮
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嘉麻市の稲築八幡宮
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糸島市の雷山神社!

2013/09/08(日)曇 糸島の雷山神社は標高955メートルの霊峰・雷山の中腹にあります。 県の指定の天然記念物の観音杉や公孫樹のイロハカエデ等の老樹があり とても神聖な雰囲気が漂う神社でした。 神社入口には明神鳥居が立ち境内には 保存樹のイロハカエデが秋の紅葉時の見事なようすが想像できます。 社殿の建つ境内入口は大正8年生まれの狛犬が護っています。 糸島市の雷山神社
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雷山神社の手水舎
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雷山神社の本殿
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雷山神社のご神木
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久留米市の高良大社奥宮!

2013/08/27(火)晴 高良大社奥宮(奥の院)  案内板より 古くは「高良廟」「御神廟」と称し、高良の神である 武内宿祢の葬所と伝えられていた。 高良山信仰の原点ともいうべき聖地である。 付近の地名を「別墅(所)」といい、白鳳七年(六七八)開山隆慶上人が、 毘沙門天(高良の神の本地)を感見して毘沙門堂を建て、 天竺国無熱池の水の法力で招き寄せたのが、この清水であるという。 鎌倉時代の貞永元年(一二三二)には、惣地頭代刑部丞中原為則なる者が、 五重の石塔をここに造立供養したというが、現存しない。 次いで南北朝時代には、征西将軍宮懐良親王の御在所となったとの説もある。 中世末の記録によれば、ここには戒壇が設けられていたとある。 恐らく現存の石積の壇を指すのであろう。 壇上には室町時代の石造宝塔が立つ。 江戸時代の中頃、山中の極楽寺を再興した僧即心は、 晩年ここに籠って念仏修行したという。 明治初年の神仏分離により、毘沙門堂は「水分神社」と改められたが、 「あらゆる願い事を叶えてくださる神様」として、高良大社の数ある末社の中でも、 今日特に厚い信仰を集めている。 〔高良大社社務所〕 久留米市の高良大社奥宮
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久留米市の高良大社奥宮
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久留米市の高良大社奥宮の案内板
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飯塚市東徳前の村社老松宮!

2013/08/17(土)晴 飯塚市東徳前の村社老松宮のようすです。 境内など綺麗に清掃されていてとても気持ちの良い神社でした。 この付近の住人の方の神社に対する信仰心が良く分かります。 飯塚市東徳前の村社老松宮
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飯塚市東徳前の村社老松宮
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東徳前の村社老松宮の手水舎
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東徳前の村社老松宮境内のようす
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東徳前の村社老松宮境内のようす
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福岡県久留米市の高良大社!

2013/08/15(木)晴 耳納連山の最西端にあり標高312メートルの高良山にある高良大社です。 社伝によると履中天皇の時代「400年~405年」に創建されたとの事です。 正殿には高良玉垂命、左殿には八幡大神、右殿には住吉大神の三柱の祭神を祀っており 健康と長寿の神として親しまれています。 10月の大祭には大宰府から勅使がたち 九州九ヶ国から国司・郡司が参集するのが通例であったようです。 現在の大鳥居・本殿・弊殿・拝殿はいずれも国の重要文化財となっています。 久留米市の高良大社
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高良大社の本殿
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高良大社の手水舎
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久留米市の高良大社
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久留米市の高良大社
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高良大社境内の樟樹
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久留米市の高良大社
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福岡市東区の名島神社!

2013/08/06(火)晴 天正16年「1588年」に九州を平定した豊臣秀吉はこの地に城を築くよう小早川隆景に命じ 名島城を九州守護の拠点としました。 慶長5年「1600年」には福岡藩初代藩主黒田長政が入城しましたが 福岡城の築城に伴い廃城となりました。 また、名島神社は当初、神宮ヶ峯山頂にありましたが 築城の際に現在の場所へ移されました。 江戸時代までは名島弁財天社と呼ばれていましたが 明治維新の神仏分離令により現在の名島神社となりました。 祭神は宗像三柱姫大神です。 現地説明板より 福岡市東区の名島神社
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福岡市東区の名島神社
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名島神社手水舎
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名島神社の本殿
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名島神社境内
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うきは市の若宮八幡宮!

2013/07/01(月)雨 うきは市の若宮八幡神社は五穀豊穣の神社です。 仁平3年「1153年」に源為朝が現在の神奈川県鎌倉市にある 鶴岡八幡宮を分霊し創建されたと伝えられています。 境内には樹齢数百年のカヤの木や 江戸時代に地元の豪商から寄進を受けた 青銅製の狛犬と灯篭なども見どころです。 毎年10月17日と18日に行われる伝統行事の 吉井おくんちの舞台となり期間中は サー、ヨーイヤセーなどのかけ声とともに 武者や稚児行列が町内を練り歩きます。 また露店も立ち並び多くの観光客で賑わっているようです。 うきは市の若宮八幡宮
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うきは市の若宮八幡宮の楼閣
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楼閣内部のようす
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楼閣内部のようす
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若宮八幡宮の本殿
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若宮八幡宮の手水舎
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若宮八幡宮の社務所
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春日市昇町の八幡宮!

2013/06/29(土)曇 昇町の八幡宮は白水地区にある白水八幡宮の摂社のようです。 1708年に下白水と上白水は黒田藩の給地としない 藩の直轄地に指定されました。 そこで春日市の昇町は御旗組八軒が出来て 幟町(昇町)の地名が生まれました。 そんな歴史ある昇町の八幡宮のようすです。 春日市昇町の八幡宮
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春日市昇町の八幡宮
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春日市昇町の八幡宮
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春日市昇町の八幡宮
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春日市昇町の八幡宮
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佐賀県鳥栖市「筑紫神社」!

2013/06/20(木)雨 鳥栖市の勝尾城址の麓にある筑紫神社が 筑紫氏の」館跡で「御館(おたち)」と呼ばれています。 現在は勝尾城址を含めて 葛籠城址・鷹取城址・鬼ヶ城址・鏡城址・若山砦や 屋敷跡などの遺構が「勝尾城筑紫氏遺跡」として国指定の史跡に指定されています。 佐賀県鳥栖市の筑紫神社
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佐賀県鳥栖市の筑紫神社
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佐賀県鳥栖市の筑紫神社
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佐賀県鳥栖市の筑紫神社
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佐賀県鳥栖市の筑紫神社
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佐賀県鳥栖市の筑紫神社
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太宰府市の観世音寺のモクゲンジュ!

2013/06/17(月)曇 太宰府市の観世音寺の境内にあるモクゲンジュは 元慶八年に菅原公の書大乗経を埋めた経塚から生じた木の実を 河内国道明寺から持ち帰って此処に植えました。 成長して実った種子は古くから珠算の玉に用いられて 念佛百万編を唱えれば往生の本願疑いなしと言われています。 観世音寺の木槵樹
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観世音寺の木槵樹
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観世音寺の木槵樹
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小郡市の伊勢大霊石神社!

2013/06/16(日)晴 小郡市大保にある 御伊勢大霊石神社のようすです。 御伊勢大霊石神社では年越しの行事で 毎年子ども達の大保船太鼓の音と 地元の人によるぜんざいが 御接待でふる回れて賑わうようです。     神功皇后が摂政二年創建、社記・伝説によれば第十四代仲哀天皇は熊襲征伐に当り、 橿日宮の本陣より此の地に軍を進められ大保の里が白州で清浄であったので 天神地祇を祀り仮陣地とし軍を指揮された。 偶々近臣を従え志気を鼓舞するため戦線を廻られた折、 敵の毒矢に当られて此の地にて崩御された。 皇后は時恰も激戦中で志気の沮喪をおそれ深く秘して仮に御殯葬申し上げた。 熊襲征伐後軍を纏めて御崩御を布告し、御霊柩を橿日宮に移して発喪された。 その後三韓征伐に於て御魂代の石を軍船に乗せ、 その石に仲哀天皇の御鎧及び兜を着せて征途につかれ、 戦勝御凱旋されてその石を天皇の御魂代として、 大保の郷の殯葬の地に宮柱太敷立て斉き祀られ御勢大霊石と崇められた。 今、社前にある石がこれで御剣・御衣も納められ御本體所と称する。 御勢を夫にて皇后よりの尊親の称である。 -由緒書きより- 小郡市の伊勢大霊石神社
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小郡市の伊勢大霊石神社
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小郡市の伊勢大霊石神社
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小郡市の伊勢大霊石神社
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小郡市の伊勢大霊石神社
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佐賀県鳥栖市牛原町の四阿屋神社!

2013/06/11(火)曇 佐賀県鳥栖市牛原町の四阿屋神社です。 四阿屋神社では御田舞が行われていますが 御田舞とは豊作を祈る御田植祭として 全国的に広く行なわれている祭事の一つです。 四阿屋神社の御田舞は養父郡の惣社である四阿屋神社に奉納する神幸祭で かつては牛原町(獅子舞)、宿町(鉦浮立)、養父町(白毛の指物) 蔵上町(御田舞)が4月1日に奉納されていました。   現在では御田舞は秋の行事へと変わり 蔵上老松神社の「おくんち」に行われています。   御田舞の役割は、長(おさ)・座奉行(ざぶぎょう)・申立(いいたて)・種蒔(たねまき) 代踏(しろふみ)・田童(とうど)・田打(たうち)・鬼(おに)・鼓(つづみ)・太鼓(たいこ) 先払い・手すきなど総勢30人以上の男性だけで行われるそうです。   牛原町の四阿屋神社
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牛原町の四阿屋神社
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牛原町の四阿屋神社
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牛原町の四阿屋神社
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牛原町の四阿屋神社
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牛原町の四阿屋神社
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筑紫野市「武蔵寺の長者のフジ」!

2013/05/06(月)晴 筑紫野市の武蔵寺は九州最古のお寺として有名です。 建立された時期は飛鳥時代「592年~710年」か 奈良時代「710年~784年」とも考えれていて 境内から発見された瓦や経塚から11世紀頃までには 建立されていたことは確認されているそうです。 武蔵寺の開山は伝教大師「最澄」で建立は藤原鎌足の子孫の 藤原虎麻呂と云われています。 御本尊は椿樹の一木彫りの薬師如来です。 境内にある藤は1300年の歴史を持つと言われ 市指定の天然記念物となっています。 例年4月末~5月の初旬が見頃となり 4月29日には「二日市温泉藤まつり」がおこなわれました。 筑紫野市武蔵寺の長者藤
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筑紫野市武蔵寺の長者藤
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筑紫野市武蔵寺の長者藤
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筑紫野市武蔵寺の長者藤
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朝倉郡筑前町の大己貴神社!

2013/04/20(土)雨 大己貴神社は旧秋月街道沿いにありますが 昔は参勤交代の大名行列も通ったという歴史のある道です。 この神社は古書には大神「おおみわ」神社とも記載されており 入口の鳥居には「大神大明神」と刻んであります。 この大神神社の名前が旧・三輪町の名前の由来となったと言われており 地元では「おんがさま」と呼ばれているそうです。   祭神は大国主之命で日本の国造りをされた神です。 創建は神功皇后の新羅征伐に際して兵が集まらなかったため 大三輪社を建てたところ集まったと言われています。 平安時代の延喜時代「927年」に編さんされた延喜式神名帳には 於保奈牟智神社「おおなむちじんじゃ」」として記載されているので 1100年以上の歴史のある神社のようです。 朝倉郡筑前町の大己貴神社
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大己貴神社の境内のようす
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大己貴神社の境内のようす
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境内にある石橋
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大己貴神社の手水舎
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大己貴神社の境内のようす
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大己貴神社の本殿
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大己貴神社の境内のようす
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大己貴神社の境内のようす
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大己貴神社の境内のようす
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佐賀県鳥栖市の西方寺の四脚門!

2013/04/06(土)雨 鳥栖市の西法寺は大同年「806年~809年」に弘法大師によって開かれ その後亨禄年「1528年~1531年」に浄土真宗の寺院になったと伝えられています。 四脚門はかつて田代宿内あった浄土真宗「筑紫御坊」の山門を 明治2年「1869年)」に移築したものです。 総ケヤキ造で一間一戸の四脚門で、屋根は切妻造りの本瓦葺です。 大棟の両端に鯱、屋根の四隅に唐獅子を配しています。 五七桐・十六葉菊の彫刻がみられますがこれは対馬藩主宗家の家紋の1つで この門が宗氏の寄進で建立されたことがわかります。 全般的に華麗で軒先の出が深く屋根の広がりが 門の規模のわりには豊かであることも全体を豪壮なものにしています。 屋根の豊かさとともに組物や彫物などの構造も華麗で その様式から江戸時代後期の文化年間「1804年~1817年の建立と推定され 市内に現存する数少ない江戸時代の優れた木造建築物として貴重なものとなっています。 鳥栖市の西方寺の四脚門
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屋根の四隅の唐獅子
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鳥栖市の西方寺の四脚門
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鳥栖市の西方寺の四脚門
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鳥栖市の西方寺の境内のようす
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鳥栖市の西方寺の境内のようす
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鳥栖市の西方寺の前に立つ仏像
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鳥栖市の西方寺の案内板
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鳥栖市の西方寺の四脚門の地図 カメ吉の散策紀行               カメ吉のHPを公開しています・・・寄り道訪問大歓迎!
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福岡県那珂川町の裂田神社!

2013/04/05(金)晴 朝鮮遠征から戻った神功皇后が、那珂川のこの地に神田を拓くために水路建設を行いましたが ところが途中で巨大な岩にはばまれ作業は難航していました。 家来の武内宿禰「たけのうちのすくね」に命じて神に祈りを捧げたところ 雷鳴一閃岩がくだけ散ったと言い伝えがあります。 そのような事から那珂川町安徳の宇竜頭にある裂田神社は 裂田の溝を記念して神功皇后をお祀りしてあります。 那珂川町安徳の宇竜頭の裂田神社
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那珂川町安徳の宇竜頭の裂田神社
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裂田神社の案内板
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那珂川町安徳の宇竜頭の裂田神社の地図 カメ吉の散策紀行               カメ吉のHPを公開しています・・・寄り道訪問大歓迎!
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福岡県小郡市の七夕神社!

2013/03/31(日)晴 小郡市の七夕神社は地元では、親しみを込めて「たなばたさん」と呼ばれているそうですが 正式名称は「媛社(ひめこそ)神社」と言うそうです。 神社の歴史は古く8世紀頃に記された「肥前国風土記」にも登場しているほどの神社です。 祭神は、媛社神(ひめこそのかみ)と織姫神(おりひめのかみ)です。   言い伝えによると織姫神は機織りが上手な神様だったようです。 古代では、神事に織物が重要な役割を担っていたことから 機織りは女性にとって神聖な仕事だったようです。 7世紀に中国から伝わった「牽牛・織姫」の故事と、日本の「棚織女(たなはたつめ)」信仰が ひとつになって誕生したのが七夕信仰と言われています。   中国には天の川が地表に流れてきた川と伝えられる「漢水」という河川がありますが この小郡市では宝満川の流れや周辺の地形が「漢水」と似ていることから 七夕神社の東側を流れる宝満川を天の川に見立て 対岸に牽牛をまつる「牽牛社」がおかれていた時期があったそうです。 私には理由は分かりませんが、日本の国内では全国各地で七夕行事が行なわれていますが もっとも早い時期から小郡で七夕行事が行われていたと思われているそうです。 小郡市の七夕神社
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小郡市の七夕神社
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小郡市の七夕神社の手水舎
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お神輿の保管所
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小郡市の七夕神社境内のようす
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小郡市の七夕神社の案内板
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案内板の七夕まつりのようす
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案内板の犬飼神
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案内板の織姫神
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案内板の七夕伝説のようす
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小郡市大崎区の歴史
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大崎中ノ前遺跡からの出土品
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小郡市の七夕神社の地図 カメ吉の散策紀行               カメ吉のHPを公開しています・・・寄り道訪問大歓迎!
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