福岡県朝倉市小隈の神蔵古墳!

2016/07/01(金)曇時々晴 神蔵古墳は古墳時代前期に造られた前方後円墳です。 主体部の竪穴式石室はすでに盗掘を受けていたが、 三角縁神獣鏡をはじめ鉄剣、鉄製鋤先などが出土しています。 墳丘の下からは住居跡が確認され古式土師器などが出土しています。 特にこの鏡には、京都府椿井大塚山古墳の3面と 神奈川県白山古墳と山口県御家老屋敷古墳から各1面の同范鏡(同じ鋳型で作ったと考えられる鏡)があり、 大和政権との関わりを考える上でも貴重な資料です。 朝倉市小隈の神蔵古墳
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三角縁神獣鏡
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福津市手光の手光波切不動古墳!

2014/05/15(木)曇りのち晴れ/ 福津市手光の手光波切不動古墳は古墳時代終末期に造られた古墳です。 この古墳は切石積みの横穴式石室が南にあり 全長10.8メートルで羨道・前室・後室からなる複室構造です。 後室には石仏が祀られています。 2012年年3月に福津市教育委員会は手光波切不動古墳から 金銅製馬具とみられる金属片や祭祀用の土器が出土したと発表しました。 福津市の手光波切不動古墳
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福津市手光の手光波切不動古墳
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福津市手光の手光波切不動古墳の案内板
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福津市の宮地嶽横穴式石室古墳!

2014/04/12(日)雨 福津市の宮地嶽古墳は7世紀前半につくられたと推定され 巨岩を使った横穴式石室を持つ古墳です。 横穴式石室の長さは約23メートルで 全国で2番目の長さです。 副葬品は国宝指定の馬具・太刀・ガラス玉などがあり その豪華さと貴重さから「地下の正倉院」とも呼ばれています。 現在、古墳は不動神社として内部に不動明王が祭られており 多くの信仰者を集めています。 通常は内部の公開はされていません。 宮地嶽横穴式石室古墳
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宮地嶽横穴式石室古墳
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宮地嶽横穴式石室古墳
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宮地嶽横穴式石室古墳
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福津市勝浦の新原・奴山古墳群!

2014/02/06(木)曇 福津市の津屋崎古墳群は沖ノ島での祭祀を奉斎した 宗像氏を中心とする海の民が5世紀前半から7世紀中頃に 南北8キロメートルで東西は約2キロメートルの範囲に築いた計60基の古墳群です。 その中でも新原・奴山古墳群は5世紀前半から6世紀後半にかけて 前方後円墳5基・円墳35基・方墳1基の計41基の古墳が海を望む台地に造られています。 沖ノ島祭祀を発展させた古墳時代の宗像において 海北道中を支配した海の民のあり方を最もよく表せていると思われます。 勝浦の新原・奴山古墳群
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勝浦の新原・奴山古墳群
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勝浦の新原・奴山古墳群
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勝浦の新原・奴山古墳群
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勝浦の新原・奴山古墳群
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勝浦の新原・奴山古墳群
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勝浦の新原・奴山古墳群
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うきは市の原古墳!

2014/02/02(日)曇 うきは市の原古墳は、珍敷塚古墳の南110メートルにある 直径約12メートルで高さ約3.5メートルの円墳です。 奥壁の腰石と側壁の一部に赤色の壁画が残ります。 奥壁の絵は中央に準構造船のような大型の船が描かれていますが 右側が船首で大きな櫂が2本描かれています。 船上には弓を持った人物と櫂を操る人物が乗っており 馬もしくは遺体を納めた屋形を見ることができます。 船尾の近くには3個の靫があり 右上部には弓を持った人物が描かれています。 うきは市の原古墳
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うきは市の原古墳
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うきは市の安富古墳!

2014/01/25(土)曇 うきは市の安富古墳は直径約15メートルの円墳です。 埋葬方法は横穴式石室で全長約11メートルで 羨道・前室・後室からなる複室構造です。 後室は長さ約5メートル幅・高さ約4メートルの大きさです。 うきは市の安富古墳
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うきは市の安富古墳
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うきは市の安富古墳
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糸島市三雲の築山古墳!

2014/01/22(水)雪 築山古は福岡県糸島市三雲にある古墳です。 古墳時代前期築造と推定される前方後円墳で 墳丘はかなり削平されていいますが全長は約60メートルあったと推定されます。 墳丘上には十一面観音を祀る堂が建立されています。 付近には魏志倭人伝の伊都国の主要な地域と考えられていますが 築山古墳や端山古墳とも埋葬施設の発掘調査は実施されていません。 古墳名:築山古墳 所在地:福岡県糸島市三雲 墳丘形状:前方後円墳 墳丘規模:全長約60メートル      後円部径約49メートル・高約約8メートル      前方部幅約25メートル 糸島市三雲の築山古墳
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糸島市三雲の築山古墳
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糸島市西堂の井原1号墳!

2014/01/10(金)雪 糸島市の井原1号墳は全長43メートル・後円部径25メートル・高さは3.6メートルで 前方部先端幅25メートル・高さ2メートル・前方部二段・後円部三段構築の バチ形をした前方後円墳で前方部を北に向けています。 棺外から鉄剣・鉄鏃・鋸・斧・ヤリガンナ・錐等の鉄製品が出土しています。 古墳時代前期・3世紀末から4世紀初頭の築造と推定され 怡土平野で最古の前方後円墳です。 糸島市西堂の井原1号墳
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糸島市西堂の井原1号墳
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糸島市西堂の井原1号墳
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福岡県うきは市の鳥船古墳!

2013/12/29(日)晴 うきは市の鳥船塚古墳は原古墳の南約135メートルにある古墳で 入り口が西側にある単室の横穴式石室です。 奥壁の腰石2段が残るだけで石室は破壊されているそうです。 奥壁の絵は2段目には大きな盾が描かれており 1段目には同心円文と船が2個の靫が描かれています。 船は人物が乗った大型の船で帆を張る柱は2ヶ所で 大きな櫂もあり、船の舳先と艫には鳥が各1羽止まっています。 うきは市の鳥船古墳
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うきは市の鳥船古墳
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うきは市の鳥船古墳
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うきは市の鳥船古墳の壁画
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糸島市曽根の狐塚古墳!

2013/12/24(火)晴時々曇/ 糸島市の狐塚古墳は曽根丘陵の東にある円墳です。 墳丘の直径は33メートルで高さは約4メートルで3段に造られています。 墳丘の斜面には葺石が施されていて墳丘のまわりには 幅6から10メートルの周溝がめぐっていました。 この古墳は約1650年~1600年前「古墳時代中期」に 造られたと考えられます。 糸島市曽根の狐塚古墳
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糸島市曽根の狐塚古墳
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糸島市曽根の狐塚古墳の案内板
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佐賀県鳥栖市の勝尾城跡!

2013/12/07(土)晴 勝尾城跡jは現在の鳥栖市域を中心に勢力を誇った筑紫氏の 約90年間の城下町遺跡と居城跡などです。 天正14年「1586年」の落城時の姿がそのまま残されていて 戦国時代の城下町の姿を知る上で大変重要な遺跡です。 平成18年1月に遺跡の主要部分が国の史跡に指定されました。 勝尾城跡の大手口石垣
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二の丸石垣
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物見岩
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本丸石垣
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本丸跡
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勝尾城跡案内板
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福津市勝浦の新原の百塔板碑!

2013/11/18(月)雨のち曇/ 福津市に5世紀前半につくられた新原・奴山21号墳の 上に8基の石塔が建っています。 石塔には梵字「古代インド文字」とその下の円内に観音菩薩や 金剛界大日如来・文殊菩薩・薬師如来等を線彫りしたものと 梵字のみのものや釈迦如来の図像のみのものがあります。 なかでも三方向に梵字がある石塔は、正面に願共緒衆生往生安楽国 文永十一年八月日改立や勧進僧行円とあり 文永11年「1274年頃」に建てられたことがわかります。 また国内で三例しかない珍しい重体至極梵字」いくつかの 梵字を切り継いだもの」があります。 これらの石塔は鎌倉幕府の五代目執権である北条時頼が 諸国を見て回っている時に平家一族の霊を弔うために建てたとも、 蒙古襲来の戦死者の供養に建てられたともいわれています.。 新原の百塔板碑
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新原の百塔板碑
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新原の百塔板碑
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新原の百塔板碑
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糸島市曽根のワレ塚古墳!

2013/10/17(木)晴 糸島市のワレ塚古墳は曽根丘陵の中央部にある前方後円墳です。 古墳は前方部を北に向けて前方部が後円部に比べかなり低くなっています。 ワレ塚古墳は全長が約43ートル・後円部の直径が約29メートルで 高さが約4.5メートル・前方部の長さが約15メートルで高さ約0.6メートルです。 古墳の後円部は3段で墳丘の斜面には葺石が施されていて 墳丘のまわりには周溝がめぐっていたと考えられます。 ワレ古墳は約1650年~1500年「古墳時代中期」位前に造られたと考えられます。 糸島市曽根のワレ塚古墳
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糸島市曽根のワレ塚古墳
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糸島市曽根のワレ塚古墳
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ワレ塚古墳の案内板
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福岡県嘉麻市の沖出古墳!

2013/10/11(金)雨 嘉麻市の沖出古墳は4世紀終わり頃に築造された 全長約68メートルの前方後円墳です。 沖出古墳は遠賀川に向かって延びる標高約40メートルの丘陵の突出した部分を利用し 南側から高く大きく見えるように造られています。 古墳の大きさは全長約68mメートルで後円部径約40メートルです。 墳丘は前方部が2段で後円部は3段で造られ 斜面には石が葺かれて、壺形・円筒・朝顔形・家形の埴輪が立てられていました。 後円部には竪穴式石室が築かれ割竹形石棺を納められていました。 この古墳は(大和)政権と強い結び付きのある人物のお墓である可能性が高く 4世紀の終わり「約1600年前」に造られたと考えられています。 嘉麻市の沖出古墳
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嘉麻市の沖出古墳
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嘉麻市の沖出古墳
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嘉麻市の沖出古墳
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嘉麻市の沖出古墳
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田主丸市の古畑古墳!

2013/10/04(金)晴 古畑古墳は1400年以上前の古墳時代後期に造られた装飾壁画のある古墳です。 屋形原古墳群の中で最も高い所にあり 墳丘も石室も完全に残っている貴重な古墳です。 墳丘の形は円墳で、直径は約20メートルで高さは約3メートルります。 壁画は奥の壁と右側の壁の一部に書かれていて 赤色で同心円文・小円文・三角形文や人物が描かれています。 この古墳は昭和28年に」国の指定史跡となっています。 柿畑の中の古畑古墳
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柿畑の中の古畑古墳
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柿畑の中の古畑古墳
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古畑古墳の説明板
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糸島市曽根の銭瓶塚古墳!

2013/09/30(月)雨 銭瓶塚古墳は曽根丘陵の中央部にあり古墳時代中期に 造られたと考えられる前方後円墳です。 墳丘は前方部と後円部の一部を道路によって壊されていますが 全長は約50メートル後円部の直径は約37メートルそれに 高さは約5メートル前方部の長さは約16メートルで 墳丘のまわりには幅約6メートルの周溝がめぐっていたと考えられます。 周溝内から円筒埴輪や朝顔形埴輪など形象埴輪が出土しており 伊都歴史資料館出土した家形埴輪が保管されています。 糸島市曽根の銭瓶塚古墳
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糸島市曽根の銭瓶塚古墳
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糸島市曽根の銭瓶塚古墳
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銭瓶塚古墳の案内板
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飯塚市のカクメ石古墳!

2013/08/31(土)雨のち曇り/ 飯塚市にあるカクメ石古墳は飯塚東小学校近くにあった 直径15メートルの円墳です。 現在は柏の森の飯塚市歴史資料館に石室が移築されています。 石室は竪穴系横口式石室で竪穴式から横穴式への過渡期の石室でが 内部は全面に赤色顔料が塗られていました。 飯塚市のカクメ石古墳
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飯塚市のカクメ石古墳の案内板
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鳥栖市の本行遺跡!

2013/08/19(月)晴 鳥栖市の本行遺跡は鳥栖市江島町字本行にありました。 ブリディストンの工場建設に伴い平成3~5年度にかけて調査が行われ 弥生~中世の集落・墓地が確認されました。 出土した内容は12個の青銅器鋳型や中広形銅矛等6点の青銅器です。 鋳型は弥生時代中期後半頃で 青銅器類は後期を中心とする時期のものと思われます。 鳥栖市の本行遺跡
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出土した銅鐸鋳型
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出土した銅矛の鋳型
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鳥栖市の本行遺跡に地図 カメ吉の散策紀行               カメ吉のHPを公開しています・・・寄り道訪問大歓迎!
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八女市の善蔵塚古墳公園!

2013/08/07(水)晴 八女市の善蔵塚古墳は福岡県八女郡広川町六田の 善蔵塚の丘陵上にある古墳の丘陵のすそのに整備されています。 今回は善蔵塚古墳公園のようすを紹介します。 八女市の善蔵塚古墳公園
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善蔵塚古墳公園の案内板
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八女市の善蔵塚古墳公園
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八女市の善蔵塚古墳公園
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善蔵塚古墳へ行く階段
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福岡県田主丸の珍敷古墳!

2013/08/01(木)曇 田主丸の珍敷塚古墳は屋形古墳群の 北端の県道浮羽草野久留米線のすぐ側にあります。 古墳は昭和25年に発見されましたがすでに壊されていたようで 絵のある奥壁と壁の腰石が残るだけだったようです。 奥壁の絵は赤と青の顔料を使って3色の色合いで構成されています。 太い線を横に4段描きその上に弓矢が入った靫を3個を 中央に配置して左と中央の靫の間には大きなワラビ手文様が描かれています。 靫の左側上には同心円文やその下にはゴンドラ形の船があります。 右側が船首で舳先には鳥が止まっており帆のようなものも見えます。 靫の右側上には盾もしくは弓を持った人物が立っており、 その下には月に住む動物と言われる2匹の蟾蜍が描かれています。 この古墳の壁画には線だけでなくて 点を多用していることも特徴のひとつです 田主丸の珍敷古墳
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八女市の釘崎古墳群!

2013/07/24(水)晴 八女市の釘崎古墳群は前方後円墳4基を中心とした 全12基で構成される古墳群です。 1号古墳から4号古墳は前方後円墳で 全長役60メートルから約40メートルの小規模な古墳です。 造られたのは2号古墳が最も古く5世紀後半で 4号古墳が6世紀中頃で1号古墳・3号古墳が6世紀後半と続きます。 3号古墳の石室内からは単龍環頭大刀・鉄製武器や 馬具等の豊富な副葬品が出土しています。 8基の円墳のうちで11号古墳は装飾古墳で 右側壁に赤色顔料で描かれた円文が1つ確認できます。 八女市の釘崎古墳群
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八女市の釘崎古墳群
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八女市の釘崎古墳群
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八女市の釘崎古墳群
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八女市の釘崎古墳群
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八女市の岩戸山古墳!

2013/07/19(金)晴 八女市の岩戸山古墳は九州北部の最大規模の前方後円墳です。 規模は全長約170m・墳丘長約135m・高さ約18mの規模で 6世紀初めころの北部九州に非常に大きな影響力を有していた 豪族筑紫君磐井の墓といわれています。 岩戸山古墳は12基の前方後円墳を含む約300基の 八女古墳群のうちその中央にあり全国でも類を見ないものとして 後円部より東北隅に一辺約43mの四角い区画が存在しており 祭祀の場であったと推定されています。 古墳の墳丘や周堤からは多数の石製品が埴輪とともに出土されています。 特に武装した人物や馬を模した石製の埴輪などは珍しい例で 多くが国の重要文化財に指定されています。   八女市の岩戸山古墳
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  八女市の岩戸山古墳
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八女市の岩戸山古墳
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八女市の岩戸山古墳
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八女市の岩戸山古墳
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八女市の岩戸山古墳
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八女市の岩戸山古墳の周辺案内図
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糸島市西堂の古賀崎古墳!

2013/07/16(日)晴 福岡県糸島市西堂の丘陵上にある古墳です。 昭和32年「1957年」納骨堂周辺の公園化の 造成工事で石室が発見され多くの遺物が出土しました。 現在墳丘は大きく破壊されていて わずかに後円部に単室の横穴式石室が残っているだけです。 玄室は長さ2.9m、幅約2.2mで天井石はありません。 出土品は、単龍環頭太刀や小刀・胡ろく金具などの武具・鎧板や 杏葉・革金具などの馬具、鉄斧や鋤先等の農耕具、金環や 管玉・銀製丸小玉・ガラス玉などの装身具、須恵器、土師器などが出土しています。 単龍環頭太刀は当時の大和政権が各地の首長や 朝廷から派遣された武人に授けた威信財です。 この古墳に眠る人物は当時この辺りを治めた 有力者のお墓と考えられています。 糸島市西堂の古賀崎古墳
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糸島市西堂の古賀崎古墳
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糸島市西堂の古賀崎古墳
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糸島市西堂の古賀崎古墳
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糸島市西堂の古賀崎古墳
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福岡県糸島市曽根の平原歴史公園!

2013/07/13(土)曇 糸島市の有田にある平原遺跡は 弥生時代の伊都国王の墓と考えられています。 昭和40年に行われた発掘調査では 銅鏡40面や勾玉などの出土品が多数出土しました。 現在では平原歴史公園として整備されていて 敷地内には江戸時代の古民家「旧藤瀬家住宅」が移築復元されています。 秋になると地元のみなさんが手がけたコスモスが満開となり多くの観光客が訪れます。 糸島市曽根の平原歴史公園
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糸島市曽根の平原歴史公園
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糸島市曽根の平原歴史公園
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糸島市曽根の平原歴史公園
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平原遺跡の案内板
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糸島市「伊都国歴史博物館」!

2013/07/09(火)晴 伊都国歴史博物館は糸島地方の歴史が良くわかるように 糸島市から出土した多数の考古資料を展示しています。 糸島地方には「魏志倭人伝」にその名が登場する「伊都国」があったと考えられています。 博物館では「伊都国」の時代の考古資料を中心に展示されています。   平原王墓や三雲南小路王墓の50枚以上の銅鏡をはじめとする 出土品は王がいたことを証明する貴重な資料です。   糸島市の伊都国歴史博物館
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糸島市の伊都国歴史博物館
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糸島市の伊都国歴史博物館
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糸島市の伊都国歴史博物館付近のようす
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糸島市の伊都国歴史博物館付近のようす
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うきは市の日の岡古墳!

2013/07/08(月)晴 うきは市の日岡古墳は若宮八幡宮境内の東側にあり 古墳時代後期に造られた全長約74メートルの前方後円墳で一重の周濠が巡っています。 後円部にある横穴式石室の壁全体にさまざまなな文様が描かれており 壁画の装飾古墳の中では古い方です。 奥壁には幅2.2メートル以上で高さ1.9メートル以上の 大石をほぼ垂直に立ててあります。 描かれた文様は奥壁に赤・白・緑色を使い 6個の大型同心円文・蕨手文・連続三角文などが描かれていて 周壁には赤・白・青色を使い、同心円文や三角文といった文様のほかに、 盾や靫、大刀などの武具・魚・船・馬・獣などの文様が描かれております。 うきは市の日の岡古墳
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うきは市の日の岡古墳
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うきは市の日の岡古墳
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うきは市の日の岡古墳
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うきは市の日の岡古墳
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糸島市三雲の端山古墳!

2013/07/06(土)雨 糸島市三雲の 端山古墳は全長約78.5メートルで後円部の径は約42メートル 高さは約8メートルで3段構築の柄鏡形の前方後円墳です。 昭和49年「1974年」に行われた確認調査では 前方部の石列が検出されて柄鏡形の前方後円墳と確認されました。 前方部は破壊されていて現在は後円部だけが残っています。 墳丘の周りには盾形をした周濠が廻っています。 埋葬者は三雲と井原地区が弥生時代の「伊都国」のあった所でもあり この地方を支配した大和政権と深い関わりあいをもつ人物と考えられています。 糸島市三雲の端山古墳
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糸島市三雲の端山古墳
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糸島市三雲の端山古墳
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糸島市三雲の端山古墳付近のようす
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福岡県糸島市志登支石墓群の遺跡!

2013/06/28(金)曇 志登支石墓の遺跡は糸島市北部の田園地帯の 標高約3mの低地にある墓地群です。 弥生早期から中期「約2500~2100年前」にかけての支石墓が10基と 甕棺墓8基が発見され支石墓のうち4基が調査されました。 支石墓とは遺体を埋葬した上に大きな上石を置くお墓です。 元々は朝鮮半島によく見られるお墓ですが 弥生時代の始まった頃に日本にその作り方が伝えられたようです。 上石は花崗岩や玄武岩を使用して大きいものは 長さ約200cm、幅約150cm、厚さ約60cmにも及びます。 埋葬施設は素掘りの穴や木棺であったと考えられます。 副葬品として6号支石墓から打製石鏃6点 8号支石墓から柳葉形磨製石鏃4点が出土しています。 支石墓は弥生早期から前期「約2500~2200年前」に造られたと考えられます。 特に柳葉形磨製石鏃の出土は朝鮮半島との交流を物語る貴重な資料です。 糸島市の志登支石墓群
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糸島市の志登支石墓群
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飯塚市の山王山古墳!

2013/06/21(金)雨 飯塚市西徳前の老松神社敷地内にある山王山古墳です。 古墳は径18mの円墳ですが 横穴式石室の玄室は約2mの正方形です。 装飾は奥壁に径15cmの円紋が14個と その他の紋様がいくつか叩き窪め技法で施されていました。 叩き窪め技法は筑後川流域の倉永古墳や 佐賀県基山町の黒谷2号墳と同じですが 遠賀川流域では初めての発見です。 飯塚市の山王山古墳
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飯塚市の山王山古墳
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飯塚市の山王山古墳
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飯塚市の山王山古墳の地図 カメ吉の散策紀行               カメ吉のHPを公開しています・・・寄り道訪問大歓迎!
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福津市の手光湯ノ浦古墳群

2013/06/13(木)曇 福津市宮司の古墳は3基の古墳があるようです。 古墳のある場所は丘陵になっていたので 入山を断念しました。 古墳の状況は1号墳の主体部は分かりませんが 2号墳は竪穴式石室と考えられていて 3号墳は竪穴系横口式石室となっています。 いずれの古墳も首長墓と考えらているようです。 福津市宮司の手光湯ノ浦古墳
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福津市宮司の手光湯ノ浦古墳1号墳
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福津市宮司の手光湯ノ浦古墳2号墳
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福津市宮司の手光湯ノ浦古墳3号墳
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福津市宮司の手光湯ノ浦古墳の地図 カメ吉の散策紀行               カメ吉のHPを公開しています・・・寄り道訪問大歓迎!
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