福岡市に2016年初の積雪!

2016/01/24(雪) 2016年この冬最初の積雪がありあたり一面が雪景色です。 先ほど近所のようすを見に行った様子です。 この雪は明日まで続くそうでどのくらい積もるのか? 今も雪は降っています。 2016年初の積雪
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2016年初の積雪
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2016年初の積雪
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2016年初の積雪
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那珂川町のちくし見聞録!

2016/01/23(土)雪 那珂川町で行われている歴史講座に出席しています。 この日の演題は続・霊峰宝満山です。 太宰府市と筑紫野市や那珂川町の山寺に関するお話でした。 那珂川町のちくし見聞録のようす
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福岡県春日市「春日基地 基地開設56周年 記念行事 」!

2016/01/14(木)曇 福岡県の航空自衛隊春日基地で開催さた基地開設56周年記念行事のようすです。 2015年10月24日(土)に行われました。 当日は福岡のアイドルグループLinQの天野なつさんが1日基地司令となりました。 春日基地は福岡空港板付飛行場近くの航空自衛隊の基地で 西部航空方面隊の司令部が置かれています。 装備品展示ではCH-47Jヘリコプターや 各種装備品の展示や及び対領空侵犯措置の模擬展示が実施されます。 春日基地 基地開設56周年 記念行事
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春日基地 基地開設56周年 記念行事
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春日基地 基地開設56周年 記念行事
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春日基地 基地開設56周年 記念行事
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春日基地 基地開設56周年 記念行事
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春日基地 基地開設56周年 記念行事
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春日基地 基地開設56周年 記念行事
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春日基地 基地開設56周年 記念行事
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春日基地 基地開設56周年 記念行事
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韓国旅行「韓国の青瓦」!

2016/01/11(月)曇 韓国の大統領官邸を見学できる貴重な体験が出来ます! 景福宮「キョンボックン」の北側に韓国の大統領官邸、青瓦台「チョンワデ」があります。 鮮やかなコバルトブルーの瓦屋根が印象的な韓国を代表する建物です。 青瓦台は毎週火曜~土曜の1日4回、予約制で無料の見学ツアーが出来るそうです。 外国人も参加もOKです。 見学場所の説明を日本語で聞ける音声ガイド機も無料でレンタルできます。 韓国の青瓦台
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韓国ドラマ「夏の香り」!

2015/12/25(金)晴 韓国ドラマの夏の香りは、2003年に韓国のKBS第2テレビで放送されたテレビドラマです。 冬のソナタや秋の童話で韓国のヒットメーカーとなったユン・ソクホ監督が描きました。 日本では2004年6月にWOWOWで放送されました。 また地上波では、2005年9月にTBSでCで放送しました。 心臓移植を受けた女性シム・ヘウォン(ソン・イェジン)と、 最愛の女性を亡くした男性ユ・ミヌ(ソン・スンホン)は、夏の山中で運命的な出会いをする。 ミヌに惹かれるヘウォンと、ヘウォンに亡き恋人の面影を見出すミヌ だが、 ヘウォンには婚約者のパク・チョンジェがおり、一方のミヌにも、 彼を慕い留学先から帰国したパク・チョンア(チョンジェの妹)が付きまとっていた。 ヘウォンとミヌの密かな恋に、チョンジェ・チョンア兄妹それぞれの複雑な感情が絡みや ミヌの死んだ恋人のエピソードも随所に出てくるなど、 物語は韓国ドラマの王道的な展開を見せている。 物語は科学的に未解明な現象である記憶転移がストーリーの背景になっています。 夏の香り              夏の香り
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夏の香り
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夏の香り
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夏の香り
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夏の香り
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春日市の春日公園の初秋!

2015/12/02(曇り) 私の好きな紅葉のベストショット! 毎年楽しみにしています。 公園のベストショット
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朝倉の三連水車!

2015/04/05(日)雨 朝倉の筑後川支流の堀川に、日本で唯一の「重連水車軍」があります。 菱野三連水車・三島二連水車・久重二連水車と三基の水車軍があり 中でも菱野三連水車は非常に珍しい物です。 この水車軍は、平成2年に堀川用水路水車群として国指定史跡に指定されました。 これらの水車は現在でも稼働しており、毎年6月中旬から10月上旬にかけて 農作業のために水を汲み上げています。 近くにあるまちの駅「三連水車の里あさくら」には 鉄製の三連水車のレプリカがあります。 朝倉の三連水車
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朝倉の三連水車
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朝倉の三連水車
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朝倉の三連水車
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朝倉の三連水車
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朝倉の三連水車
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黒田如水と長政を祀る福岡市の光雲神社!

2015/03/09(月)雨 桜の名所として有名な西公園の52段の石段を上ると光雲(てるも)神社があります。 光雲神社には福岡藩祖・黒田如水と福岡藩初代藩主・長政が祀られています。 神社の名前は、龍光院殿(如水)、興雲院殿(長政)という法名から一字ずつ取って名付けられました。 かつて西公園は荒戸山(荒津山)といわれ、金龍寺という禅寺がありましたが 金龍寺は鳥飼(現在の今川二丁目)に移されました。 明治40年(1907年)、東照宮跡に光雲神社が建立されました。 黒田如水と長政を祀る光雲神社
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黒田如水と長政を祀る光雲神社
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黒田如水と長政を祀る光雲神社
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黒田如水と長政を祀る光雲神社
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黒田長政ゆかりの「福岡市崇福寺」!

2015/03/04(火)晴 臨済宗大徳寺派の崇福寺は、仁治元年「1240」に 湛慧が大宰府横岳に創建しました。 翌年、宋から帰国した聖一国師「円爾弁円」が招かれ 開堂説法を行ないました。 文永9年「1272」に大応国師(南浦紹明)が入寺して開山しました。 その後多くの高僧を輩出し、慶長5年「1600」に 初代福岡藩主・黒田長政により現在地に移転され黒田家の菩提寺となりました。 山門は 、旧福岡城の表御門を移築したもので 黒田家との関わりの深さがうかがえる山門です。 唐門は、旧名島城の遺構であると伝えられています。 市内に残る最古の唐門で、県指定文化財の建造物となっています。 黒田長政ゆかりの福岡市崇福寺
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黒田長政ゆかりの福岡市崇福寺
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崇福寺の案内坂
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黒田長政ゆかりの「福岡市の友泉停」!

2015/03/01(雨) 黒田家六代藩主継高公が宝暦4年「1754年=江戸時代中期」に 別館(別荘)として設けた由緒ある「友泉亭」を 福岡市で初めての池泉回遊式日本庭園として整備したものです。 友泉亭とは久世三位源通夏卿が「世に堪へぬ 暑さも知らず 沸き出づる 泉を友とむすぶ庵は」と 詠じた歌の意から名付けられたものです。 昭和初期に設けられた本館大広間や、茶会などに使用される 「如水庵」「章山庵」などの茶室もあり、園内では抹茶セットが楽しめます。 福岡市の友泉停
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糸島市の怡土城跡!

2014/10/26(日)晴 怡土城は糸島市と福岡市の境に位置する高祖山(たかすやま:標高 416m)の 西側斜面一帯に築かれた大規模な古代山城です。 続日本紀によると、遣唐使として755年に唐に渡った真備(きびのまきび)が 天平勝宝8年(756)6月から神護景雲2年2月(768年)まで12年間かけて築いた中国式山城です。 尾根づたいに5ヶ所の望楼を配し、西麓の平地に面した一線は土塁・石塁をもって延々と固め その間に城門・水門等が造られています。 現在築城時をしのぶ遺構としては、高祖山の西裾に1.6kmの土塁があり 尾根線上に計8か所の物見やぐら跡が残っています。 糸島市の怡土城跡
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糸島市の怡土城跡
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糸島市の怡土城跡
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糸島市の怡土城跡
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武蔵寺の自然石梵字板碑!

2014/06/09(月)曇 武蔵寺の自然石梵字板碑とは追善や供養を目的に作られた 石製の卒塔婆のことです。 鎌倉時代から室町時代にかけて盛んに建てられました。 武蔵寺の自然石梵字板碑は武蔵寺の山門をくぐった右側にあります。 花崗岩を粗加工した高さ265cmの大型の板碑で 表には薬師如来を示す梵字「バイ」が刻まれています。 建立時期は1347年で由緒伝来についてははっきりしませんが 武蔵寺の創建者である藤原虎麿(虎麿長者)の碑といわれおります。 武蔵寺に伝わる紙本著色武蔵寺縁起第五幅にも この板碑と思われる石塔が描かれています。 この板碑は筑紫野市内では最古級であり 武蔵寺をはじめ地域の歴史をたどる上で重要なものです。 筑紫野市の有形文化財に指定されています。 武蔵寺の自然石梵字板碑
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武蔵寺の自然石梵字板碑
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久留米市の史跡の高良山神籠石!

2014/04/02(火)晴 久留米市東部の高良山にある6~7世紀ごろの朝鮮式山城跡です。 2ケ所の渓谷を縫って巨大な切り石が並列していて その全長は約1550メートルです。 高良山の山腹を広くとりめぐらした列石で我が国の 古代遺跡として最も規模雄大なものです。 列石は約1メートルの長方形の切石を一列に並べたもので 高良大社社殿背後の尾根を最高所として南側の尾根にそって下り 西裾の二つの谷を渡り延々1600mに及びます。 高良山の神籠石
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高良山の神籠石
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高良山の神籠石
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高良山の神籠石
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高良山の神籠石
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高良山の神籠石全体図
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久留米市の発心城跡!

2014/01/31(金)晴 久留米市の発心城はこの地の有力な勢力を誇っていた 草野家清によって天正5年に築かれました山城です。 草野家は竹井城を居城としていましたが天正5年に主君の大友宗麟が 耳川の戦いで薩摩・島津家に敗れました。 島津家の猛威を感じた家清が竹井城を廃城とし発心城を築城しました。 天正15年に豊臣秀吉の九州征伐で家清は秀吉の怒りを買い殺害されてしまい 草野家は滅亡し発心城も廃城となりました。 現在八心城跡は滝付近には石垣なども残っています。 遺構としてはかなり良好な形をしており、今では県指定の史跡とされ多くの方が訪れている。 久留米市の発心城跡
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久留米市の発心城跡
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久留米市の発心城跡
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久留米市の発心城跡
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久留米市の発心城跡
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福津市宮司の六百表の碑!

2014/01/17(金)曇 宮地嶽神社境内に六百俵の碑が建てられています。 徳川時代の半ばごろまでここ宮司村は砂混じりの痩せた農地が多く 常に水不足に悩まされるなど農家は苦しい生活をせまられていました。 そんな中で村民は互いに助け合い農業のほかにわら細工製造等に励むかたわら 11歳以上の村民総出で溜池を造って水不足の解消に努め 年貢米はいつも一番に納めたということです。 天明5年「1785年」の大飢饉の時も宮司村だけは 年貢米の返上を願い出ず完納しました。 このようなことから時の藩主は宮司村を他村の模範として表彰し 寛政2年「1790年」褒美として米六百俵を贈りました。 村民はこの栄誉を後世に永く伝承するとともに村の繁栄を願って 褒美の一部で村内の出生児に産着を贈る事を決め 現在も続けられているそうです。 大正8年「1919年」に先人の偉業を讃えるため記念碑が建てられました。 福津市宮司の六百表の碑
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福津市宮司の六百表の碑
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佐賀県鳥栖市の筑紫氏館跡!

2014/01/14(水)晴 勝尾城筑紫氏遺跡は戦国時代に現在の鳥栖市域を中心に勢力を誇った 筑紫氏の約90年間の城下町遺跡です。 天正14年「1586年」の落城時の姿がそのまま残されており 戦国時代の城下町の姿を知る上で大変重要な遺跡です。 勝尾城を中心に麓の館跡をはじめ鬼ヶ城・高取城・葛籠城・鏡城・若山砦の5つの城跡や さらに家臣の屋敷跡・寺社跡・町屋跡や土塁・空堀等の城下跡が 良好な状態で残されています。 鳥栖市の筑紫氏館跡
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鳥栖市の筑紫氏館跡
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鳥栖市の筑紫氏館跡
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鳥栖市の筑紫氏館跡
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鳥栖市の筑紫氏館跡
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福岡市中央区「の福岡藩刑場跡!

2014/01/02(木)晴 天神中央公園の一角に福岡藩の刑場あったことを 示す碑がひっそりと立っています。 那珂川が近くに流れていて血などを洗い流すのに 便利な場所だったため刑場があったといわれています。 福岡県知事公舎があったころ僧侶の幽霊が出るとの噂が広がりました。 調べてみたところ江戸時代に空誉上人が処刑されていたことが分かりました。 大塚知事は公舎の庭の隅に小祠を建て 手厚く供養しましたがその名残がこの跡碑だと思われます。 福岡市天神の福岡藩刑場跡
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福岡市天神の福岡藩刑場跡
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< 福岡市天神の福岡藩刑場跡
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福岡市西区のやよいの風公園!

2013/10/25(金)雨 福岡市西区の吉武高木遺跡の愛称が「やよいの風公園」に決まったようです。 吉武高木遺跡は西に飯盛山、東に室見川を望む地に広がる 弥生時代中期初め頃の大規模な遺跡です。 この遺跡は中国の歴史書『魏志倭人伝』や『後漢書』などに記されている 1世紀から3世紀にかけて存在した伊都国や奴国よりも さらに前の国の存在を示唆するものです。 また出土品の645点は国が重要文化財に指定しています。 木棺墓やかめ棺墓からは青銅製の鏡や武器・装身具が出土しました。 福岡市は史跡地の一部を見学できるように整備を進めており 平成25年8月頃には一部供用開始を予定しています。 整備中のやよいの風公園
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やよいの風公園の完成予想図
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福岡県嘉麻市の漆生用水!

2013/10/24(木)雨 嘉麻市漆生反崎の用水路のほとりに漆生用水の記念碑が建っています。 江戸時代の庄屋たちは嘉麻川「遠賀川」の水を この地に引くために役所にお願いしました。 資金援助は無く失敗すれば成敗するという厳しい条件つきで許可されましたが 村人は元和7年「1621年」に用水路を完成させました。 現在でもこの用水路に豊かな水が流れ漆生の水田を潤しています。 嘉麻市の漆生用水
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嘉麻市の漆生用水
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嘉麻市の漆生用水
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嘉麻市の漆生用水
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嘉麻市の漆生用水
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久留米市の久留米城跡!Vol.2!

2013/10/10(曇) 江戸時代の久留米藩、約250年間を治めた有馬氏の居城跡で その昔は笹原城の名で呼ばれていました。 今は平山城づくりの本丸跡が残され見事な石垣や正面側の内濠に 往時の雄姿をしのぶことができます。 久留米城は筑後川ぞいの小高い山に築かれた平山城で 天正15年豊臣秀吉の九州国割により毛利秀包が入城しました。 元和7年「1621年」有馬豊氏が田中家の断絶をうけて筑後五郡の大名となり 久留米城は幕末まで治世の中心となりました。 前回にお続いて久留米城跡のようすを紹介します。 民櫓跡
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民櫓跡
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蜜柑丸跡
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蜜柑丸跡
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久留米城跡の大井戸
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芭蕉塚
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芭蕉塚
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本丸御殿跡
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小早川神社
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小早川神社
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久留米城跡
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久留米城跡
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久留米城跡
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久留米市の久留米城跡!

2013/10/09(水)雨 永正年間「1504~1521年」に筑後川ぞいの小高い山に築かれた 平山城が久留米城の始まりとされます。 天正11年「1583年」から3年間の間 高良山座主麟圭はこの城に籠り豊後大友氏と戦っています。    天正15年豊臣秀吉の九州国割により久留米城には毛利秀包が入城しました。 関ヶ原の戦いで毛利家が断絶すると、田中吉政が筑後一国の領主となりましたが 筑後北部の支配の拠点であるこの城には次男則政が置かれました。 元和7年「1621年」有馬豊氏が田中家の改易をうけて 筑後北半21万石の大名として入城し幕末まで有馬家の城下町として栄えました。 そんな久留米城のようすを二回にわたり紹介します。 久留米城跡入口
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久留米城跡冠木御門跡
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久留米城跡冠木御門跡
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久留米城跡太鼓櫓跡
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久留米城跡太鼓櫓跡
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久留米城跡選櫓跡
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久留米城跡選櫓跡
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久留米城跡の篠山神社
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久留米城跡の篠山神社
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久留米城跡の篠山神社
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篠山神社の手水舎
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久留米城跡の月見櫓跡
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久留米城跡の月見櫓跡
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福岡市東区の名島城址!

2013/09/05(木)晴 福岡市の名島城址は天正十六年「1588年」に九州を平定した豊臣秀吉は この地に城を築くよう小早川隆景に命じました。 慶長五年「1600年」に初代藩主黒田長政が入城しましたが 福岡城の築城に伴い廃城となりました。 福岡城築城の際に石垣や櫓などを建築資材としたため 小早川隆景他や名立たる武将が居城したにも関わらず遺構はほとんど残っていません。 名島城の跡は現在は名島神社となっております。 福岡市東区の名島城址
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福岡市東区の名島城址
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福岡市東区の名島城址
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名島城址の隅櫓跡
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福岡市東区の名島城址
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名島城址公園よりの眺め
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名島古城図
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名島城と小早川氏の案内
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小石原の筑前・松尾城「小石原城」!

2013/08/29(木)晴 東峰村小石原の筑前松尾城は別名小石原城とも言います。 築城した年代はわかりませんが、宝珠山山城守が城主であったと伝えられます。 天正年間「1573年~1592年」頃は秋月氏の所領で 宝珠山山城守は秋月氏の家臣と考えられています。 関ヶ原合戦後に筑前に入封した黒田長政は黒田六端城の一つとして改修し 家臣中間六郎右衛門統胤に二千五百石を与えて城主としました。 この松尾城は元和の一国一城令によって廃城になったそうです。 筑前松尾城・別名小石原城
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筑前松尾城・別名小石原城
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筑前松尾城・別名小石原城の案内板
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筑前松尾城・別名小石原城
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筑前松尾城・別名小石原城
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筑前松尾城・別名小石原城
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筑前松尾城・別名小石原城
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筑前松尾城・別名小石原城
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筑前松尾城・別名小石原城
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筑前松尾城・別名小石原城
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筑前松尾城・別名小石原城
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福岡市「市庁舎と旧県庁舎跡」!

2013/08/28(水)晴 福岡市の市役所と旧福岡県庁舎の石柱のようすです。 現在は県庁舎はなくなっていますが 公園内には旧県庁舎の痕跡をいくつか見ることができます。 一番目立つのがこちらの噴水広場ですが どこかの神殿跡のような雰囲気です。 福岡県庁が天神にあったとき使われていた石柱や石材を使って 天神中央公園の噴水広場を表現しています。 福岡市庁舎と旧県庁舎跡のようす
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天神中央公園の地図 カメ吉の散策紀行               カメ吉のHPを公開しています・・・寄り道訪問大歓迎!
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東峰村の旧小石原小学校!

2013/08/05(月)曇 福岡県朝倉郡東峰村大字小石原は、 小石原焼という焼物で有名なところです。 かつては小石原村として独立していましたが 2005年に隣の東峰村と対等合併して東峰村の一部になりました。 その集落の一隅に旧・小石原小学校の跡が残っています。 廃校と同時に別の場所に鉄筋コンクリート造2階建ての 新しい小石原小学校が出来ています。 敷地の片隅には校舎の一部か或いは教員宿舎と思われる 木造平屋建ての建物が残っています。 また門柱の側には卒業記念碑が残っています。 旧小石原小学校の門柱のようす
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旧小石原小学校の卒業記念碑
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旧小石原小学校の卒業記念碑
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敷地の片隅には校舎の一部
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旧小石原小学校の敷地内のようす
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旧小石原小学校の校門付近
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東峰村の旧小石原小学校の地図 カメ吉の散策紀行               カメ吉のHPを公開しています・・・寄り道訪問大歓迎!
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福岡市東区の名島帆柱石!

2013/07/28(日)曇 福岡市東区の名島海岸の一角に名島帆柱石があります。 香椎宮の社伝によれば神宮皇后の三韓出兵の時の 船の帆柱が化石になったと伝えれています。 実際は約3700万年前頃の第三紀の地層から出土した カシ属の木の幹の化石だそうです。 名島帆柱石は国指定天然記念物になっています。 東区の名島帆柱石
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東区の名島帆柱石
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東区の名島帆柱石
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東区の名島帆柱石
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東区の名島帆柱石の地図 カメ吉の散策紀行               カメ吉のHPを公開しています・・・寄り道訪問大歓迎!
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糸島市の久米の一つ井とは!

2013/05/21(火)晴 糸島市の広々とした田園風景のなかに 昔のままの姿で置き去りにされている井戸があります。 その井戸が久米の一つ井の事です。 糸島地方では井戸は貴重でしたから使われなくなった現在でも 大切に保管されている所が数多くあります。 こちらの場合は特別な保護をしないで自然のままにしているのが特徴です。 約30年ほど前までは生活用水として大切に使われていましたが 上水道が完備されて井戸水もあまり貯まらなくなったことで使用されなくなったようです。 糸島市の久米の一つ井
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糸島市の久米の一つ井
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糸島市の久米の一つ井の地図 カメ吉の散策紀行               カメ吉のHPを公開しています・・・寄り道訪問大歓迎!
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太宰府市三条の原八坊中堂跡!

2013/05/19(日)雨 太宰府市の四王寺山東南麓一帯にあった 天台宗の寺院の原八坊の中堂跡です。 原八坊は延暦寺五代座主智証大師円珍の弟子達が八つの坊を建て その中心となる本堂・中堂・宝塔などを建てたと伝えられています。 完成したのは天安2年「858年」年で原八坊の始まりとされています。 今は石碑が建てられているだけのようです。 太宰府市三条の原八坊中堂跡
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太宰府市三条の原八坊中堂跡の地図 カメ吉の散策紀行               カメ吉のHPを公開しています・・・寄り道訪問大歓迎!
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福岡し能古島の壇一雄の文学碑!

2013/05/12(日(晴 福岡市の能古島は壇一雄の自宅があったとしても知られています。 壇一雄は能古島の豊かな自然に抱かれて様々な名作を生み出していきました。 現在は自宅は取り壊されていますが 壇一雄の絶句「モガリ笛いく夜もがらせ花ニ逢はん」の歌が 刻まれた文学碑が建てられています。 ここからは糸島半島や小田の浜の景観を望める場所で 檀一雄もこの景色を眺めたことでしょう。 皆さんも檀一雄の事を思いながら能古島を散策してみませんか? 壇一雄の文学碑
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福岡市能古島の壇一雄の文学碑の地図 カメ吉の散策紀行               カメ吉のHPを公開しています・・・寄り道訪問大歓迎!
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福岡市中央区の平尾山荘!

2013/04/15(月)晴 野村望東尼は文政十二年「1829年」に24歳で同藩士野村新三郎貞貫と 結婚し先妻の3人の子供を育てました。 27歳の時に夫と共に大隈言道の門下となり和歌を学びました。 弘化二年「1845年」には長男貞則が家を継いだのを機に 夫婦で城南平尾村の山荘に隠棲してここを向陵と名付けました。 庭には梅や桜・楓などを植え風雅の暮らしを送っていましたが 嘉永四年「1851年」に長男の貞則を亡くし さらに安政六年「1859年」には夫を亡くして 博多の妙光寺で受戒剃髪望東尼となりました。 54歳のときに京都に行き千種有文や大田垣蓮月らと面会し この間に諸藩の志士から日本の状況を聞き勤王運動に関心を寄を深めました。 この事から向陵の山荘には高杉晋作ら志士が潜伏したこともあったようです。 慶応元年「1865年」六月に福岡藩の尊攘派弾圧に際し 孫の助作と共に捕えられ自宅に幽閉されました。 同士の多くが処刑される中、野村望東尼は独り玄海灘の孤島姫島へ流されます。 翌慶応二年に高杉晋作の部下により姫島より救出されて山口や下関に移ります。 慶応三年維新を目前にして、防府の三田尻にて62歳で亡くなりました。 福岡市中央区の平尾山荘は野村望東尼が在りし日に過ごした所です。 福岡市中央区の平尾山荘
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平尾山荘の古井戸
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野村望東尼の胸像
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平尾山荘と野村望東尼の胸像
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福岡市中央区の平尾山荘
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福岡市中央区の平尾山荘の地図 カメ吉の散策紀行               カメ吉のHPを公開しています・・・寄り道訪問大歓迎!
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